- トップ
- 社員の声 2008年入社 開発
開発 H.K
2008年入社
心の向くままに飛び回った若者時代。
アフリカは私の情熱の源です。自前のオートバイで現地を巡り、現地のコミュニティや食文化に触れるのです。数年働き、貯めたお金で1年間滞在し、帰国して転職活動をしてまた数年働く。40歳頃まで、サラリーマン生活とアフリカ放浪を繰り返していました。
その間、建築や機械の会社など4社ほど経験しています。設計や開発の職に就き、入社するからにはその組織の1番になるつもりでがむしゃらに働きました。それゆえ、出る杭は打たれるとも言いましょうか、良い顔をされないことも多々ありましたね。何度目かの旅から帰国し、ここに入社した時も想定はしていました。しかし当時の先輩は、私があれこれ手をつけようが気にも留めない。「君は君、私は私。」と言わんばかり。これが大変有り難かった。意欲の向くままに開発に没頭し、じきに入社20年を迎えます。
異業種の知見が繋いだひらめき。
開発志望でしたが、製品や現場を知らないままでは何も生み出せません。入社5年目頃まで設計職を担当していました。ある時ふと気がついたのです。前職で建築設備の設計職だった頃、その世界では当たり前だった「インバータ制御」が、破砕機業界では見当たりません。これはチャンスだと思いました。前職の知識と、今のノウハウを合体させれば面白いモノを生み出せるに違いない。そうピンと来たのです。これが「業界初・インバータ制御搭載の破砕機」の始まりでした。
挑んだのは、モーターの最大稼働と冷却時間を交互に設けるという、電動破砕機ではまず見ない仕様。勇んで着手した私ですが、何せ出身は機械畑です。実現に必要な電気設計のノウハウはありません。初心者が挑むレベルでは無いことも明白ですが、後戻りはできませんでした。大袈裟ではなく、四六時中思考し続けていました。家族には申し訳ないけれど、休日の旅行中でさえ、頭の中では配線ルートや制御盤の配置を何度も書き直していました。
さまよい続けた先の一言が、今でも忘れられない。
開発の過程はアフリカの陸路の旅と同じで、進んだ先が行き止まりだったり、とんでもない悪路でなかなか前に進めないこともありました。しかし私は、未知や可能性を前に止まることができない性分です。インバータ制御が実現すれば、既存製品より故障しにくく、手入れも簡単で作業時間も大幅に短縮できます。猛暑日でも稼働し続ける処理施設に、大きな改善をもたらせるのです。半年がかりでテスト機が完成し、とある処理施設に試験的に導入していただきました。操作を担当したオペレーターがこう言ったのです。「このテスト機が返却されるくらいなら俺はここを辞めてやる」。普段無口な彼が放ったその一言に、言いようもない達成感で満たされたことを覚えています。
製品化から10年が経った現在も、当製品は各地で稼働しています。思い返せば当時は不景気で、人手も足りない、売り上げも無い。そんな中、成功する確証の無い開発に投資してもらえたのは開発者として非常に恵まれていたと思います。まだこの業界の知識や経験に乏しかったにも関わらず、社内外の多くの方々に助けていただきました。この経験のおかげで今の自分があります。感謝の気持ちは今でも忘れていません。
柔軟な発想が乗り越える力を与えてくれる。
先日もとある開発の区切りがつきました。構想を練り、図を描き、検証を経て製品化にこぎつけ、買い手が見つかり。実動後初めてのメンテナンスで異常無しと判断されました。着手から10年。これをもって開発者としての役割を果たせたと言えます。試練の無い開発など無く、どれも挑んだことを一度は後悔します。ただ、過去の当社の技術者も同じ場所で挫折していることが往々にしてあります。それを知ったら最後、諦めるわけにはいきません。その壁を越えなければ、私も組織も停滞する一途です。
いくつもの山を乗り越えた私からお伝えできるのは、「1分野の追求だけが技術者の道では無い」ということ。2つ3つと広く学ぶと類似性や共通点が見つかることがあります。たとえば流体力学と電気設計にも共通点があり、その発見は技術者としての発想を豊かにします。縛られず、好奇心の向くまま行動してください。そして、広く深く追求するのです。あなただけの好奇心の変遷は、あなただけの発想回路を生み出すはずです。
ある日のスケジュール
- 8:00
- 出勤・朝礼
- 8:30
- テスト機が稼働する客先の現場を遠隔で確認
- 9:00
- 機械の設計業務
- 12:00
- 食堂でお弁当
- 13:00
- テスト機での検証や、検証手法の検討
- 15:00
- 検証結果をまとめ、社内に報告
- 17:00
- 配電盤の設計業務
- 19:00
- 退勤
オフコラム
写真はゴビ砂漠を旅した時のもの。結婚して息子が生まれてからは、写真のような長期旅はできていません。代わりに新たな試みを始めました。家族3人でフェリーで韓国に行き、現地を自家用車でめぐる冒険です。普段はもっぱらYouTubeに夢中な息子ですが、街中に溢れるハングルや赤くて辛い韓国料理など、リアルに触れた経験が彼の記憶を彩ってくれたら嬉しい限りです。
